なかなかうまくいかない転職活動の末、製造業の事務職に再就職しました。ようやく決まった仕事。これで一息つける…はずでした。しかしその職場は、「退職を撤回したい前任者Aさんと事務員たち」と「経営陣」が真っ向から対立している、騒動の真っ最中。受け入れ体制が整っていないどころか、新しく入った人間を排除しようとする空気が漂っていました。そこへ、何も知らないまま放り込まれた私の体験談(後編)です。
最低限の「安全」が確保されていない場所では、どれだけ頑張っても働き続けることはできません。この後編を通して、「自分の身を守ることを最優先にしていい」と、感じてもらえたら嬉しいです。

入社2日目。業務の引き継ぎ
昨日と同じように丸椅子に座り、バッグは膝の上。今日は席が用意されているかもしれない、と淡い期待がありましたが、あっさり裏切られました。相変わらず、透明人間のような時間を過ごしていましたが、一つだけ昨日と違ったことがあります。発注業務の引き継ぎをしてもらえることになったのです。
発注専用のパソコンがある別の棟へ、前任者のAさんと一緒に移動しました。まずはAさんがお手本を見せてくれます。私はその横で必死にメモを取っていました。しかし、Aさんの手は止まりません。「いつものスピード」で処理が進んでいき、メモがまったく追いつきませんでした。

私「すみません。この部分、もう一度確認してもいいですか」
A「忙しいので、もう一度教える時間はないです」
私「メモが追いついていなくて…もう一度教えてください」
A「無理です。終わりましょう」
そこで引き継ぎは打ち切られました。メモを取れなかった部分や、分からない部分はそのまま。質問は受け付けてもらえず、事務室へ戻ることになりました。形の上では、「業務の引き継ぎをした」ことになりますが、この理解度で仕事ができるはずもありません。
これは引き継ぎではなく、引き継いだことにするための時間だったのでは…。そんな疑念が頭から離れず、まともに仕事を覚えられる気がしませんでした。
入社2日目。午後も状況は変わらず
事務室に戻ると、また同じように丸椅子に座っているように指示されました。昼休みになると、事務員の方たちは食堂へ向かっていきました。私への声かけは、やはり今日もありません。

食堂へ向かい、一人でお弁当を広げました。意図的に仲間はずれにされていることを知っているため、事務員たちが和気あいあいと食事している光景を見ると、胸の奥が重くなっていくのを感じました。
午後になっても状況は変わらず。「何かできることはありませんか」と尋ねると、昨日と同じように建物の外掃除を指示されました。仕事の引き継ぎは進まない。できることも知識も増えない。それでも、「分かりました」と箒を受け取ることしかできない自分が、情けなく思えました。
昨日、事務員全員が女性役員から注意を受けていたこともあり、「今日は少し変わるかも」と期待していましたが、そんなに甘くはありませんでした。役員の指示が現場でまったく機能しない。そんな会社が実在するのだと知った二日目。「ようやく再就職できた職場で職場いじめにあっている」なんて、恥ずかしく思えて受け止めきれていませんでした。
退職するか続けるか
入社2日目、げっそりとした気分で帰宅しました。せっかく再就職できたのにという気持ちと、この職場は無理だという気持ち。どちらも本音で、頭の中でぐるぐると同じ考えが回り続けていました。

仕事を頑張って覚えれば、事務員たちも受け入れてくれるのではないか。今朝までは、そんな淡い期待もありました。しかし現実は、「絶対に仕事を覚えさせたくない」態度のAさんと、「受け入れるつもりはありません」と言わんばかりの事務員たち。これでは仕事を覚えることも、職場に馴染むこともできません。
このまま無理に働き続けても、「仕事を覚えられない新人」として経営陣からも目をつけられる。そんな最悪の未来が、簡単に想像できてしまいました。自分の運の悪さが嫌になるほどです。
・なんで私が、こんな目に…
・せっかく決まった再就職なのに
・生活にはお金が必要なのに
あの人たちは、自分の行動が「一人の人間を無収入に追い込もうとしている」と分かっているのだろうか。悔しさと腹立たしさが込み上げ、涙が止まりませんでした。この職場で働き続けることは、もう諦めるしかないのか。でも、お金のためには辞めたくない。無職になるかもしれない…そんな自分が、情けなくもありました。
入社3日目。退職
入社3日目。前日の夜に書いた退職届をバッグに忍ばせ出社。事務室には向かわず、女性役員のいる棟へ向かいました。退職届を提出すると、「辞められると困ります」と引き止められましたが、この会社で働き続けられるとは思えませんでした。

・Aさんから十分な引き継ぎを受けられないこと
・席が用意されず、丸椅子に座らされ続けること
・事務員全員から拒絶されていること
これらを明確に伝え、「この環境では仕事を続けられません」と告げました。事務員たちに挨拶をすることもなく、そのまま会社を後にしました。
こうして、入社三日目、私の退職が決まりました。
この体験から分かったこと
「求人募集=会社側の受け入れ体制が整っている」と、私は当たり前のように思っていました。ですが実際には、この前提が通用しない職場も存在します。職場いじめを受けながら働く環境は、私にとって「選ぶ理由のある職場」ではありませんでした。これはもう、個人の努力や相性の問題ではなく、会社側の問題だったのだと思います。
・入社初日に感じた違和感
・仕事を覚えさせる気のない引き継ぎ
・水面下で進む、大人同士の排除
あの数日間は決して気持ちのいい経験ではありませんでしたが、「こんな職場も実在する」という事実を、身をもって知ることになりました。

平穏な生活を守るためには、お金が必要です。そのお金を得るための手段が仕事。だから私たちは働こうとします。けれど、手段であるはずの仕事によって「心の平穏」や「最低限の安全」が脅かされているとしたら、その仕事は、本来の目的から外れているのではないでしょうか。忙しくて疲れることと、心をすり減らし続けることは違います。目的と手段を分けて考えてみると、私にとっての答えは、とてもシンプルなものでした。
その後も失敗を重ねながらではありましたが、結果的に、今の職場にたどり着いています。この体験談が、転職先を判断する際の材料のひとつとして、どこかで役に立てば幸いです。



コメント
コメント一覧 (2件)
こんばんは。全く同じ体験を13年前にしました。
事務員の女性が経営者と対立し、3月に朝礼で「辞めます」と発言したので、4月からすぐに私が後任で採用されて来て、退路を立たれた女性は1ヶ月間の引き継ぎもテキトーで、あれこれ嫌がらせをしてきましたが、しょせんマンツーマンであり、まだ若かったしやる気に燃えていた私が意に介さず素直に聞き続けていたため、とうとう諦めて、有休の日に出てきて「私、今日有休だから他のことしまーす…」とか言って内職などをやる始末でした。
男性の上司は相手が女性だからか、「あんまり酷いときは(本人に)言います」と言うだけで注意はしませんでしたね。
途中、単なる体調不良で休んだ時は、心配して家に電話はしてきましたが。
その後、その部署の上司と組んで仕事をマスターして主任にまでなったものの、途中で新しく変わった3人目の上司にモラハラを受けて体を壊して一度辞めて、その上司が解雇されてからまた復帰したり、ところが今度は辞めていた時期にいた副主任が新たに女性だけで派閥を組んで、私を妨害してワナにはめたりなど、色々あったのですが、結局10年以上いました。
経営者が80代後半になっても頑なに引退せず、ちらほら痴呆状態も出だしたため、先がないと判断して辞めました。
その後は、傷病手当と失業保険を丸々全額もらい、のんびりと転職先を探していました。
はじめまして^^
わかる〜と思いながら読ませていただきました。働く環境によっては、業務以外の苦労が増えるので大変ですよね。
貴重な体験談の共有、ありがとうございます。